最初の出来事
心理指導を受けていくうちに、ある日突然、物語が映像となって頭の中で描けるようになりました。私は頭に浮かんだその物語を忘れないように、慌てて携帯のメモ帳機能にインプットし始めました。物語の映像は次から次へと湧いて出てくるので、何も考えずただひたすらに、それを見てインプットし続けるだけです。
それは、テレビを見ながらでも出来ました。クリニックで健康診断のほんの5分ほどの待ち時間でも浮かんできました。
私はワクワクしながら、最後どんなストーリーになるかも分からず、頭に浮かんでくる映像をひたすらメモをし続けます。どんな物語が続くのか知りたくて知りたくて、頭の中が冴え渡ります。集中力が増し、どんどん書き進めていくと想像をはるかに超えた楽しい童話が書けたのです。私の童話の書き方は、私自身が考えて書くのではなく、全て映像が降りてきます。私自身は何も考えていません。ストーリーも描いていません。映像が降りていれば、どんな事をしていても書けます。
そして先生に、「映像で降りてきたので、その通りに書いたら童話がかけました。」と持っていったのが「靴職人のおじいさんとイボガエル」です。
先生はその童話を読んで、私に「この童話を心理療法で使用していいですか」と言ってきました。それから、先生は私にメモを渡して、「このメモのような童話を書けますか?」と言いました。
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緑の星
私達は宇宙のどこから来たんだろうという興味関心から、宇宙を遡る瞑想を
してみました。色々な星を横目で見ながら、ガス状星雲の中を突入し
、暗黒星雲・・・戻っていくと突然にきれいに輝く「緑の星」が現れました。
あまりにもきれいなので、その星に降り立ってみました。
黄緑は自然体を表し、緑はプラス取りを表します。
その星の地下にもぐってみると、予想通り緑の木々(ゆるぎないプラス)の
根っ子に、ゆるぎないマイナスの人々がうじゃうじゃいました。
ゆるぎないマイナスの人々に「おかしいと思わないの?同じ人間なのに、
上の緑の木はプラスを取り、あなた方はこんなにヒドイ目にあっている
じゃないか!」
彼らは、言われてもポカーンとしています。全く理解が出来ていないようです。
ゆるぎないマイナスが石ころと同じに感じています。
まるで私達は石ころで生まれたんだから!と言っているようです。
私の言っている事が、全く理解し、入って行きません!
それでも忍耐強く彼らを説得すると、おかしいと言う事に気がつきました。
そして、暴動が起きて、緑の星は崩壊しました。暴動が起きたのは、
はるか遠い昔なのです。今の世界で起きる事は適切ではありません。
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そのメモを読み、映像で浮かんで書いたものが「オオカミとライオン」の物語です。
こうして次から次へとメモを渡されて、その内容にそった童話を書き続けました。
やがてメモがなくても先生の考えてることに沿ったタイミングで童話が書けるようになりました。
私が会社の人間関係や仕事のプレッシャーで、毎日しんどい思いをしながら今に至るまでには、何度か勇気を持って決断を迫られる時がありました。
不景気の時に自分のやりたい事と全く違う仕事を紹介されたのですが、もしこの仕事を断ったら、次の仕事は紹介してもらえないかもしれないという不安があります。でも、自分がやりたいという方向性と違う仕事を選択するのは、自分の気持ちとは相反する選択となってしまいます。その時、「この仕事を断って、例え明日死んだとしても構わない。」という強い意志で断わりました。そしたら、不景気にも関わらず、すぐに希望に叶った仕事を紹介されたという経験がありました。そして書いたのが、「マナ・セレスティアルの魔法の羽根」です。
こうして私はセラピー童話作家になっていきました。
これを今回皆さんが、この童話を使って、少しでも皆さんのお役に立てれたら幸いに思います。かつての私からすると、180度変わり、得意分野も出来て人間的にも成長することが出来ました。いろんな経験をしてきたからこそ童話が書けるようになったんだと思います。
ありがとうございます。
セラピー童話作家 斉木 未来
§童話の書き方
童話の書出しは、人と話をしている時、または何かテレビを見ている時など頭に同じような映像がちらちらと見え始めます。その映像がどうしても気になるので、その映像を見たままメモを取ります。例えば、透き通るようなきれいな青い蝶がひらひらと、光のしずくを放ちながら飛んでいる映像が頭から離れず、蝶が優雅に飛んでいる姿が出てきます。きれいな蝶だな。その蝶はどこに向かって飛んでいるのだろう。それが気になるので、メモに取った時に、さらにその蝶が飛んでいる場所が映像となって映し出されます。その蝶の飛んでいる場所は、薄い水色のきれいなガラスで出来た宮殿の中を飛んでいます。その描写もメモに書きます。するとその宮殿の中の様子がさらに見えてきます。宮殿の中には、蝶の他にも小さな天使や、白い鳩も飛んでいてとても神秘的な宮殿であることが分かりますので、またそれもメモに書き取ります。ガラスで出来た宮殿の床の下には、同じような景色が逆さまに映っているのですが、どこかぼやけた世界があるのが見えます。
1つメモを取ると次の映像が出てくる、1つメモを取るとまた次の映像がでてきます。
目の前のことを1つ進めると次に進むことができ物語の最後にたどり着けるまで繰り返していくのです。その蝶は、宮殿の外にでます。その映像をメモしてみると宮殿の外の景色が映像となって見えはじめました。宮殿の外はとても広大な景色が広がっています。その景色がみえた時にワクワクする気持ちが出てきて続きが気になりますので、その描写も書きとめます。その映像は頭の中でどんどん奥行きを増していきます。どんな物語なのか私自身は全く考えたことがありません。私自身も、視聴者のようにその映像が見せる物語の先が知りたくて知りたくてメモを書き続けるだけなのです。その先の物語の続きはどうなるの?早く知りたい。次はどうなるの?面白い。など思いながらその映像を書きとめていくうちに、1つの作品が出来上がります。その童話が「神様からの最後のプレゼント」です。
こうなりたいとかああなりたいとか、そういう物語に対する欲があると書けません。自分の中に変な先入観がない状態の時に、映し出された映像をメモすると次の映像が呼び出され、直感に従ってメモを取るとまた次の映像が呼び出され繰り返す。これはまるで神様の意図をキャッチしているかのようで、ただその意志に従って書いているのです。
セラピー童話作家 斉木 未来
